こんにちは、腸もみフィットネスの麻里です。

前回の【結婚してすぐうつ病になりました】の続きです。現実主義の私がなぜカラーセラピーを学ぼうと思ったのか?お話ししますね。

「東京に戻ってから医療事務とか、何かした方がいいかな?」という私の言葉に、「勤めをするのはまだ大変だろうから、何か習い事をしてみてはどうかな?」と主人が提案してくれました。

「あぁ、それならカラーセラピーの本を買ったの。これを学んでみたいな・・・」私は東京に戻ってから早速、カラーセラピーのリーディングを受けに行きました。

目の前には、色とりどりのカラーボトル。そこから選んだボトルから読み解いていただきました。

カラーセラピーが気になってはいたものの、現実主義だった私は、「色が心にアプローチできるって本当?」「しかもたまたま選んだ色で?」など半信半疑でしたが、読み解かれた内容のフィット感と、その空間の心地良さに、私はすぐにカラーセラピーを学ぶことを決めました。

私は子供の頃、祖母の発言が絶対で自分で考えることがない環境で育ちました。恥ずかしながら、26歳でうつ病になるまでこれまで「何かに悩んだ」ことはありませんでした。皮肉な話ですが、うつ病という困難な状況になったからこそ、自分で考えたり、自分で決断することの大切さを学ぶことができたのです。

自分の気持ちを人に話してみるとか、自分を大切に思ってもいいんだとか、そういう事を26年間やってこなかった私にとって、新しい世界の扉を開くような気持ちでした。

カラーセラピーを学ぶのは、自分で決断することで勇気のいることでしたが、色による心や身体へのサポートの力や、古代からの統計学的な学問であることに気づき、学びを深めていくうちに気が付くとシニアティーチャーまでなっていました。

シニアティーチャーになった28歳の時、物件を借りてスクールをオープンしました。スクールではカラーセラピーのレベル1から3までを教えており、当時、会社を設立してホームページを出してスクールをやっていたのが私だけだったからなのか、受講生は毎月右肩上がりで、時には地方への出張指導もしていました。オーラソーマ、カラーセラピーの受講生は100名以上にのぼります。

  • 当初は暗いお顔の方が晴れやかな明るいお顔になったり
  • 感情の浮き沈みが激しい方が気持ちに落ち着きを持てるようになったり
  • 悩みの渦の中でもがいていた方が解決の糸口を見つけ前向きになったり

このような受講生の良い変化を間近で見れるのも嬉しかったです。

スクールの経営状態も良く、受講生さんの変化に私はとてもやりがいを感じていましたが、年々、受講生が材料費をそろえる金額が高額になっていき、ティーチャーになるまでの課題も多くなっていく協会の方針に疑問を感じていました。

つづく・・・

次回 【葛藤中に起こった放射能問題・・・